孫文の大アジア主義

(1925.12.28)


しかし第一次大戦後、佐々木の所属する日本の国家権力は、基本的に中国における新しい国民革命に敵対する姿勢に傾いていた。一見同じアジア主義を口にする両国の人々においてさえ、もはや相互に相通じない深刻な思想上の亀裂が現われようとしていた。次に引用する孫文の有名な「大アジア主義」の講演は、同し黄色人種に属する二つの国の将来に関してある逃れがたい運命を予言するものであった。

 

「本日は皆様よりアジア主義と言うことについて、私に講演しろと言うお話でありました。わがアジアはとりもなおさず最も古い文化の発祥地であります。

……アジアは一度は衰微しましたが、三十年前に再び復興し来ったのであります。然らば此の復興の起点は一体何処に在りましたかと言うに、それは即ち、日本が三十年前に外国と締結しました一切の不平等柔約を撤廃したことです。日本の不平等条約撤廃の其の日こそ、我がアジア全民族復興の日であったのであります。

三十年前日本は不平等条約を廃除して独立国となった時に、日本に非常に接近して居る民族・国家は大なる影響を受けたことは受けましたが、アジア諸民族をして全体的にそれ程大なる感動を受けさせることが出来なかったのであります。

然し乍ら、それより十年を過ぎて日露戦争が起り、其の結果日本が露国に勝ち、日本人が露西亜人に勝ちました。これは最近数百年問に於けるアジア民族の欧州人に対する最初の勝利であったのであります。

此の日本の勝利は全アジアで影響を及ぽし、アジア全体の諸民族は皆有頂天になり、そして極めて大きな希望を抱くに至ったのであります。此の事に付いて私が親しく見ました事をお話し申上げましょう。

日露戦争の開始されました年、私は丁度欧州に居りましたが、或る日東郷大将が露国の海軍を敗った、露西亜が新に欧州より浦塩に派遣した艦隊は、日本海に於て全滅されたと言うことを聞きました。此の報道が欧州に伝わるや全欧州の人民は恰も父母を失った如くに悲み憂えたのであります。

英国は日本と同盟国でありましたが、此の消息を知った英国の大多数は何れも肩を顰め、日本が斯くの如き大勝利を博したことは決して白人種の幸福を意味するものではないと思ったのであります。これは正に英語でBlood is thicker than water〈血は水より濃い〉と言う観念であります。

暫くして私は船でアジアに帰ることになり、スエズ運河を通ります時に、沢山の土人が、共の土人はアラビヤ人であったようですが、私が黄色人種でありますのを見て、非常に喜び勇んだ様子で私に〈お前は日本人か〉と問いかけました。

私は〈そうではない。私は中国人だ。何かあったのか、どうしてそんなに喜んで居るのか〉と問いましたところ、彼等の答えは〈俺達は今度非常に喜ばしいニュースを得た。何でも日本はロシアが新に欧州より派遣した海軍を全滅させたと言うことを聞いた。
この話は本当か。
俺達はこの運河の両側に居て、ロシアの負傷兵が船毎に欧州に送還されて行くのを見た。これは必定ロシアが大敗した一風景だと思う。以前我々東洋の有色民族は何れも西洋民族の圧追を受けて苦痛を嘗めて居て、全く浮かぶ瀬がないと諦めて居たが、今度日本がロシアに打ち勝った。俺達はそれを東洋民族が西洋民族を打敗ったと見做すのだ。

日本人が勝った。俺達はその勝利を俺達自身の勝利と同様に見るのだ。これこそこおどりして喜ぶべきことだ。だから俺達はこんなに喜んで居る、こんなに喜んで居るのだ>と言うことでありました。

今私が大アジア主義を講演しますに当って述べました以上の話は、どんな問題であるかと申しますに、簡単に言います
と、それは文化の問題であります。

東方の文化と西方の文化との比較と衝突の問題であります。東方の文化は王道であり、西方の文化は覇道であります。王道は仁義道徳を主張するものであり、覇道は功利強権を主張するものであります。仁義道徳は正義合理によって人を感化するものであり、功利強権は洋銃大砲を以て人を圧追するものであります。

感化を受けた国は、仮令宗主国が衰微しても、数百年の後に至る迄、なお其の徳を忘れるものではないと言うことは、ネパールが今日に於てもなお且つ中国の感化を切望し、中国を宗主国として崇拝しようとして居る事実に依って明らかであります。これに反して圧迫を受ければ、仮令圧追した国が非常に強盛であろうとも、常に共の国家より離脱せんとするものであることは、英国に対するエジプトおよびインドの関係がこれを示して居ります。

即ち英国はエジプトを征服しインドを滅し、現在非常に強盛となって居りますが、エジプトおよびインドは常に英国より難脱しようとして居ります。これが為彼等は盛に独立運動を起して居ります。

……我々は今こう言う世界に立って居るのでありますから、我が大アジア主義を実現するには、我々は何を以て基礎としなければならないかと言いますと、それは我が固有の文化を基礎にした道徳を講じ、仁義を説かねばなりません。仁義道徳こそは我が大アジア主義の好個の基礎であります。斯くの如き好個の基礎を持って居る我々が、なお欧州の科学を学ぽうとする所以は工業を発達させ、武器を改良しようと欲するが為に外なりません。

欧州を学ぶのは決して他国を滅したり、他の民族を圧追したりすることを学ぶのではないのであります。唯だ我々はそれを学んで自衛を講じようとするのであります。

我々が大アジア主義を説き、アジア民族の地位を恢復しようとするには、唯だ仁義道徳を基礎として各地の民族を連合すれば、アジア全体の民族が非常な勢力を有する様になることは自明の理であります。
「さて最後に、それならば我々は結局どんな問題を解決しようとして居るのかと言いますと、圧迫を受けて居る我がアジアの民族が、どうすれば欧州の強盛民族に対抗し得るかと言うことでありまして、簡単に言えば、被圧迫民族の為に共の不平等を撤廃しようとして居ることであります。

 ……我々の主張する不平等廃除の文化は、覇道に背叛する文化であり、又民衆の平等と解放とを求める文化であると言い得るのであります。貴方がた、日本民族は既に一面欧米の覇道の文化を取入れると共に、他面アジアの王道文化の本質をも持って居るのであります。

今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるか、それは日本国民の詳密な考慮と慎重な採択にかかるものであります。




(「大アジア主義」1924年12月28日神戸高等女学校において神戸商業会議所外5団体におこなった講演――「孫文選集」1966)