〜洪門の歴史〜
(続き)

清の時代も晩期になると、洪門五房の各系統は江南地方を中心に中国全体に広まり、その後会員ら一部が国外へ飛び出し東南アジア一帯へ。
そしてヨーロッパへ。

さらにアメリカ大陸まで進出し、 「華僑・華人がいる所に洪門あり」と言われるほど組織は巨大発展していく。 華僑や華人のほか、じつは客家人も数多く入会し中心的な活躍をしている。 

そもそも、1911年の辛亥革命を起義させた孫文自身が客家であり、1894年11月彼がハワイのホノルルで最初の革命団体「興中会」を結成したとき、ハワイの洪門結社「國安会」は洪門の門下一門であった。この会は、中国広東省の香山県の沿海地方を原籍とする客家華僑が創立したもので、客家は洪門組織で中心的な勢力と化していく。

その後、1905年「中国革命同盟会」が日本国の東京で結成されたとき、中心的メンバーのじつに46%が客家であったことはいまも資料として残っている。 

ところで、この客家とはどのような人たちだろうか?Wikipediaより見てみよう。


〜客家とは〜
Wikipediaより

客家の人々は、周辺に住む他の集団とは異なり、山間部に好んで居住することが多く、独特の言語・文化を持っている。
言語は古代の漢族語を今に伝えているといわれる。そのために歴史的に他の集団と軋轢を起こすことも多い。
しかし、少数派であるがゆえに劣勢であるため、中央政権や王朝と良好な関係を保とうとする傾向がある。このような背景から、客家には漢人としての意識が比較的強いとも言われる。

移民の通例として土地の所有が困難であったために流通や商業に従事することが多く、子弟の教育にも熱心なことで知られる。商業の他には教育の高さから教職に就くことが多い。
これらの特色から「中国のユダヤ人などと呼ばれることもある。客家を含む華僑はユダヤ人・アルメニア人・印僑と共に「四大移民集団」の一つと言われる。

客家の多い地域に中国共産党が非常に強い影響力を持った為、客家には共産党勢に加わった者が多かった。

また伝統的な中国人の階級意識において卑しめられることの多かった軍人となった者や、反乱や革命に参加する者も近代以前から多い。
そのため、太平天国の指導者である洪秀全や、中国国民党の孫文、中国共産党の鄧小平やシンガポールのリー・クアンユー(李光耀)などが輩出した。
台湾総統の李登輝や映画監督の侯孝賢も出自は台湾に移住した客家であり、タイの首相を務めたタクシン・チナワット・インラック・シナワトラ兄妹も出自はタイに移住した客家である。



〜参考資料〜
客家人の一覧(はっかじんのいちらん)は、客家人の一覧。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/客家人の一覧

客家語を母語とする客家人は、漢民族の集団の一つととらえられる民族集団で、中国・台湾の国外で暮らす華僑(在外華人)人口の約3分の1を占める。客家を含む華僑はユダヤ人・アルメニア人・印僑と共に四大移民集団の一つと言われる。


洪秀全 - 太平天国の天王。
楊秀清 - 太平天国の東王。
石達開 - 太平天国の翼王。
黄遵憲 - 清末の官僚。外交官。
孫文 - 中華民国初代総統。
(但し客家ではないとする説もある)
宋慶齢 - 孫文夫人。
宋美齢 - 蒋介石夫人。
朱徳 - 中国共産党初代元帥。
鄧小平 - 元中華人民共和国中央軍事委員会主席、最高指導者。
葉剣英 - 中国共産党元老。
葉選平 - 広東省長。葉剣英の息子
李鵬 - 中華人民共和国の元国務院総理
(首相)。
李登輝(岩里 政男) - 中華民国(台湾)第8-9代総統。ただし、客家語は話せないらしい。
呂秀蓮 - 中華民国(台湾)第10-11代副総統。
許信良 - 台湾の政治家。元民主進歩党主席。
侯孝賢(ホウ・シャオシェン) - 台湾の映画監督。
龍瑛宗 - 台湾の小説家。
王心凌 - 台湾の国民的アイドル
謝依旻 - 台湾出身の囲碁女流棋士、日本棋院所属。
チナワット家
タクシン・チナワット - タイ国元首相。
インラック・チナワット - タイ国首相。
謝枢泗 - タイ国鉄南部線の建設功労者、ハートヤイ(ハジャイ)建設者。
リー・クァンユー(李光耀) - シンガポール初代首相、現顧問相。
リー・シェンロン(李顯龍)- シンガポール共和国第3代首相(現職)。
ゴー・チョク・トン(呉作棟) - シンガポール共和国第2代首相、現上級相。
胡文虎 - 香港の富豪。タイガーバームを発明した。
コラソン・アキノ- フィリピン共和国元大統領。
ベニグノ・アキノ3世- フィリピン共和国大統領。






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