本当は取ってはダメな「がん」~取ったら最後、元の生活には戻れない

胃がん 大腸がん 前立腺がん 子宮がん


現代ビジネスより
 

逸見さんの妻も後悔している

「手術をしなければ、あと1~2年は元気に仕事ができたかもしれない」

'93年、胃がんのためこの世を去ったアナウンサーでタレントの逸見政孝さん(享年48)について、妻の晴恵さんは、夫の死後に上梓した『私ががんを恐れなくなった理由 』の中でこんな思いを吐露している。

「主人の手術はやらないほうがよかった。あの時、どうしてセカンドオピニオンを受けなかったのか。悔やんでも悔やみきれません」

当初、逸見さんは「初期の胃がん」だと見られていた。だが開腹したところ実は、進行性の「スキルス胃がん」だった。にもかかわらず、その担当医は逸見さんにそれを告知せず、胃の4分の3を摘出。

だが術後、傷口に沿ってがんが増殖し、がん性腹膜炎を起こしてしまう。

家族は別の病院で診てもらうこともすすめたが、逸見さんは「他の先生に相談するなんて、がんを見つけてくれた先生に失礼だ」と言って拒んだ。

それでも2度目の手術後、不信感を抱いた家族は別の病院へ転院させる。逸見さんは記者会見で「がんである」ことを公表した。

その後に行った3度目の手術では3㎏もの内臓を摘出。さらに術後は猛烈な痛みと抗がん剤による副作用に襲われた。そして手術から、わずか3ヵ月あまりで帰らぬ人に……結果として、1回目の手術が死期を早める原因になってしまった。

没後、医学界では「本当に胃を摘出する必要があったのか」「無駄に苦しませただけじゃないのか」という論争に発展。がん治療が見直されるきっかけともなった。

確かに初期のがんならば、手術が有効なケースもある。だが、逸見さんのようにステージ(進行具合)が進んでいる場合や、患者の年齢によっては、手術したことが逆に死期を早めてしまうのだ。

特に胃がんの場合は、胃を切除することにより、食べるという「人間本来の喜び」を失うことになる。取ったら最後、いくら後悔しても、もう元の生活に戻ることはできない。

「胃を全摘出すると普通の食事が取れなくなるのはもちろんのこと、『ダンピング症候群』と呼ばれ、食べた物がすぐに腸に落下して腹痛や嘔吐を起こします。

さらに胃がないため食べた物を小腸で消化することになるので、血糖値が急激に上がる。そうすると今度は膵臓でインスリンが大量に分泌され、血糖値が急落し、極度の貧血状態を起こしてしまうのです。ひどい場合はベッドから起き上がることもできず、寝たきりになってしまう。

当然食べられないので体力は落ち、抵抗力もなくなる。高齢者の場合は風邪を引いただけで肺炎になりそのまま亡くなるケースも少なくありません」(消化器専門の外科医)

人工肛門とQOL

食べた物を胃へ運ぶ「食道」—食道がんもまた手術が難しくやっかいながんとして知られる。初期段階では自覚症状がほとんどないのも特徴だ。

歌舞伎役者の十八代目・中村勘三郎さんが亡くなったのは'12年のこと。享年57。食道がんだった。

人間ドックでがんが見つかった際には、すでに右肩のリンパ節へ転移していた。そこでまずは抗がん剤を投与してから手術することを選択。

この時、勘三郎さんは仲間内に「今度、がんの手術をするんだけどさ。ほんとにそれでいいのか、他にもいろんな先生の話を聞いたほうがいいのか。悩んじゃうよな」と漏らしていたという。

手術は食道を全摘出し、胃を持ち上げてつなぎ合わせる大手術で、12時間を要した。

なんとか手術は成功……だが、その6日後に吐いたものを気管に吸いこんでしまい「誤嚥性肺炎」を併発。喉頭蓋(飲みこんだものが気管に入らない様にする器官)の機能が手術により低下していたのだ。結局、人工呼吸器をつけたまま話すこともできず、最期は呼吸不全で亡くなってしまった。術後から約4ヵ月だった。

「食道がんは転移が早いがんなので、手術で食道を摘出しても完治する可能性は低い。むしろ手術によってがん細胞が刺激され、増殖しさらに転移が進むこともある。

これはあくまでも仮定の話ですが、勘三郎さんも手術をせずに放射線治療や化学療法を行っていたら、もう少し長く生きられたかもしれない。少なくとも病院のベッドで寝たまま逝くことはなかった可能性が高い」(大学病院に勤務する外科医)

食道がんの場合、食道を切除することで、食道狭窄や嚥下困難を起こし、食べることもできなくなる。最悪の場合、胃に直接穴を開けて栄養を流し込む胃瘻をつけざるを得なくなり、そうなるとQOL(生活の質)は著しく低下する。

同じ消化器でありながら胃がんや食道がんと比べて、比較的手術が容易だと言われる大腸がん。だが、がんの浸潤具合によっては、その後のQOLが著しく低下する可能性もある。

肛門の付近にまでがんがおよんだ場合は、肛門を一緒に切り取る必要があり、術後は自然排便が困難になるのだ。そうなると腹壁に孔を開け、切除する場所の手前の腸管を孔から引きだし、そこから便を体外へ排泄する「人工肛門」(ストーマ)をつけざるを得ない。

人工肛門をつけて生活する藤田浩二さん(58歳・仮名)は、その苦労をこう語る。

「パウチと呼ばれる小袋を腹部に装着し、そこに排泄物を溜めます。お腹の皮膚は大腸菌に対する耐性がないので、かぶれることもあったし、寝返りも打てませんでした。

人工肛門だと便意のコントロールができず、絶えず排出物が流れ出てくるわけですから、気持ちのいいものではありませんよね。パウチを取り替えるのも慣れるまでは一苦労でした」

日々の生活の大変さはもちろんだが、精神的なダメージも大きい。

「最近の人工肛門は改良が進み匂いもそれほど気にならないし、つけたままお風呂に入ることもできます。

でも人間本来の排泄機能を失うわけですから、やっぱり人の目は気になります。人前に出るのも気が引けますし、新しい人に会うのは緊張しますね。『肛門を取らないという選択肢もあったかな』と後悔することもありますよ」(藤田さん)

最近では「括約筋間直腸切除術」と呼ばれ、肛門を温存する手術法を行う病院もある。もし大腸がんを患った場合は、できるだけ残す方法を医師と話し合ったほうがいいかもしれない。

患者全体のうち、8割以上が65歳以上である前立腺がん。高齢者に非常に多いがんだが、これもまた手術で前立腺を摘出することにより、尿失禁や排尿障害などの後遺症に悩まされている人は少なくない。

また前立腺を取ることは男性機能にも影響を及ぼす。勃起障害や、精子が出なくなる逆行性射精が起こることもある。

医師で医療ジャーナリストの富家孝氏は「高齢者の前立腺がんは手術する必要がない」と断言する。

「前立腺は血流が豊富で手術の際に大量出血をする可能性もあります。そもそも前立腺がんは、がんの中でも進行が遅いため、放置していても先に寿命を迎える人がほとんどなんです。

ところが検査で前立腺がんが見つかると、多くの医者は『内視鏡手術でできるので痛みもないし、簡単なので取ってしまいましょう』と甘い言葉をささやいてきますが、手術ミスや術後の合併症リスクを考えたら取らないほうがいい」

事実、欧米では70歳以上の患者の前立腺がんは、外科手術を避け、放射線やホルモン治療などで抑えるのがもはや常識となっている。

手術をしない勇気

乳がんや子宮がんなど女性特有のがんの場合はどうか。

「若い女性であれば、子宮を全摘することは、もちろん子供が産めなくなることを意味する。その喪失感は想像するに余りあるものです。では出産後なら問題ないかと言うと、そうとは言い切れません。

子宮を失うことで、ホルモンバランスが崩れ、体調が悪化することも考えられます。もちろん命に関わることなのでやむを得ない場合もありますが、安易に全摘をすすめてくる医者には注意が必要です」(医療ジャーナリストの田辺功氏)

全摘出の場合、神経を切断してしまい、排便、尿障害などの後遺症が残ることもある。また、切除の範囲がリンパ節にまで及ぶと、腸閉塞や腕や脚がむくむ「リンパ浮腫」を発症するリスクが高まる。

乳房や子宮への思いというのは、女性にしか理解できない非常にデリケートなものだ。だが、すべての医者がその思いをくみ取って手術をしてくれるわけではない。

「外科医はとにかく手術がしたいんです。症例数を増やしたいので、手術をしなくてもいいのに手術されるケースが後を絶たない。医者は患者の『その後の人生』までは保障してくれません。だからこそ、病院選び医者選びが重要になってくるのです」(内科の開業医)

冒頭で紹介した逸見政孝さんの息子・逸見太郎氏は、こんな教訓を残している。

「身近な人が将来万が一がんと診断された場合、どうか逸見政孝を思い出してください。そして、父や私たちの失敗をくりかえすことなく、堂々とセカンドオピニオン、サードオピニオンを取ってください。主治医の説明を聞く時は、ある程度病気について勉強した上で、しっかりとインフォームドコンセントを受けてください。それは『医師を疑うこと』ではなく、『最善の治療を受けるために不可欠なこと』なのです」

取ったら最後、もう後戻りはできない—残りの人生と照らし合わせ、勇気をもって「手術をしない」という選択をすることも必要だ。

「週刊現代」2016年9月3日号より