気をつけろ!ジョージ・ソロスの「アメリカ売り」が始まった

週刊現代より

(以下転載)

「アメリカ・グレイト・アゲイン!」。トランプ大統領のそんな威勢のいい掛け声とは裏腹に、米国経済に不穏な兆しが出てきた。なにを察知したのか――。「投資の神様」が、真っ先に動き出した。


アマゾンの株も売った

1990年代前半にイギリス政府を相手に投資戦を挑み、完膚なきまでに打ち負かしたのは、いまも伝説のトレードとして語り草になっている。

「世界一の投資家」と言われるジョージ・ソロス氏の巨額のポンド売りに、買い向かったイングランド銀行は屈服した。

倒す相手が大きいほど、手に入れる儲けも大きく膨らむ。だから、ソロス氏は最も巨大な相手である国家に勝負を挑み、巨万の富を得てきた。

'97年にはタイ・バーツに売りを仕掛けると、タイ政府は耐えきれずに相場は急落。

これが引き金となってアジア通貨危機が勃発し、マレーシアの首相はソロス氏を「危機の元凶」と名指しで批判したほどである。


そんなソロス氏は、いまなお、マーケットの最前線に立つ。現在86歳だが高齢の衰えを見せるどころか、ここへきてみずからの投資キャリアの集大成を飾るような行動に出ている。

しかも、ソロス氏がいま立ち向かおうとしているのは過去最大の相手。ターゲットに見定めたのは、世界最大の経済大国――。

そう、アメリカだ。

「ソロス氏が率いるヘッジファンドであるソロス・ファンド・マネジメントが5月に米証券取引委員会に提出した報告書から判明したのですが、同ファンドがアメリカの代表的な株価指数であるS&P500に連動して価格が動くETF(上場投資信託)の『売りポジション』を増やしていることがわかりました。

具体的には、S&P500指数が下がるほど、つまりアメリカ株が暴落するほど儲かることになる『売る権利』を大量に買い増しているのです。その投資額は約3億ドル(約330億円)と巨額。ソロス氏は本気です」(在米ファンドマネージャー)

目下、アメリカ株は過去最高値を更新するほど絶好調。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの株式マーケットを相手に回して、ソロス氏は真っ向から「対決」を挑んでいる形といえる。

前出のファンドマネージャーが続ける。

「それだけではありません。ソロス・ファンド・マネジメントは、アメリカの小型株の値動きを示す代表的な指数ラッセル2000に連動するETFの『売る権利』も、大幅に買い増している。投資額はさらに大きく、実に4億6000万ドル(約500億円)。

つまり、ソロス氏は大型株から小型株にいたるまでアメリカ株全体が大きく下げると見て、『売り』を仕掛けている。昨年はアメリカ経済を代表するアマゾン・ドット・コムの株も大量保有していたが、これもすべて売り払っている」

アメリカの景気は絶好調で、その勢いはとどまることを知らない。だから、株価もさらに高値を目指して上がっていく。

いまアメリカの株式市場ではそんな「楽観論」が広がっているが、ソロス氏が見ている風景はそれとは真逆である。

アメリカの景気はそろそろ転落する。当然、マーケットで「過大評価」されているアメリカ株も早晩に大きく崩れる。だから、いま売りを仕掛けていた者だけが、最終的な「勝者」になれる――。


アメリカの景気はよくない

実際、いまアメリカ経済の足元では「崩壊の兆し」が噴出し始めている。RPテック代表の倉都康行氏が言う。

「アメリカの家計の『借金漬け』が危機的な水準に達しています。家計の借金残高推移を見ると、今年3月末時点にはリーマン・ショック前の水準を超えているのです。

リーマン前は住宅など高額品に対する借金が多かったが、いまはカードローン、学費ローンなどの借金が中心。贅沢品ではなく、生活必需品を買うにも借金をしなければいけない人が増えている。

当然、アメリカではモノが売れないから、小売業界は壊滅的です。象徴的だったのが、4月にラルフローレンがNY五番街から撤退したこと。アパレル、百貨店から客足が遠のき、店舗は閉店ラッシュになっている」

Photo by GettyImages

アメリカではいま、失業率が4%台にまで下がる雇用統計などが出ていることで、「景気好調の証拠」とされている。が、そんな楽観論を鵜呑みにすると、実態を見誤る。

「失業率が4%台というのはほぼ完全雇用状態ですが、実はこれこそアメリカ経済の衰退の兆しと言えます。

本来、アメリカ経済の強さの背景には雇用の流動性がある。成長性の低い産業から高い産業に人が移動することで活力を維持してきたわけで、そこには一定程度、いわば積極的失業状態にある人がいることが前提だった。

それが失業が減って雇用が安定しているということは、労働者が移動しなくなっている証拠。経済の先行きに希望が持てないから、今の仕事から離れなくなっている」(FXプライムbyGMOでチーフストラテジストを務める高野やすのり氏)

そうした中、市場関係者の間で警戒感が高まっているのが「6月危機」。6月にアメリカ経済がついに耐えかねて、まっさかさまに転落するという悪夢のシナリオが語られ始めている。

「アメリカでは6月13~14日にFRB(米連邦準備制度理事会)のイエレン議長が利上げを決断すると見られているが、アメリカ経済がこの利上げに耐えられるのかという疑心暗鬼が広がっています。

通常、利上げが近づくと3週間前あたりから金利はそれを織り込んで上昇に転じるものですが、足下ではそれが起きていない。不安な投資家が警戒して、安全資産である債券に資金を動かしているわけです。

アメリカの企業業績は1-3月期は2桁増益でしたが、2桁増益の後には反動が出る。そんな中で6月の利上げが実行されれば、景気にブレーキをかけることになる。景気が腰折れすれば、世界の投資家が不安から、市場から一気に資金を引く可能性もある」(カブドットコム証券チーフストラテジストの河合達憲氏)


嵐の前の静けさ

前述したようにアメリカでは借金をしている人が大量にいるため、利上げが断行されればその金利返済額が膨れ上がり、ただでさえ厳しい生活苦にあえぐ庶民は追いつめられる。

これが弱っているアメリカ経済を足元から崩す決定打となり、景気を底割れさせるトリガーになるとも懸念されている。エコノミストの斎藤満氏も言う。

「アメリカではいまトランプ大統領が大規模減税や財政出動をして需要を大きく膨らませようとしているのですが、すでに供給不足に陥っているアメリカ経済にはこれは効果的ではない。

しかも、大盤振る舞いの財政出動で需要が増えれば、FRBはさらに追加利上げをしなければいけなくなる。ただでさえ弱っている経済に利上げをすれば景気失速するリスクがあるところに、追い打ちをかけるように利上げを畳み掛ければ、いよいよアメリカ経済が真っ逆さまになってしまう危険性が高まる。

つまり、6月はアメリカ経済にとって『終わりの始まり』になるわけです」

当然、そんなことになれば、ヨーロッパから日本まで、世界中の株式市場がショックに巻き込まれる。

すでにマーケットでは、そんな「世界同時株安」への警告ランプが点灯し始めている。ニッセイ基礎研究所チーフエコノミストの矢嶋康次氏が言う。

「いま、マーケットの『価格変動』がものすごく小さくなっているんです。世界的にマーケット環境を見ていると、株も債券も原油や商品も、多くの相場の価格が不気味なほど安定してきています。

実は、これは過去に大きな金融ショックが起きる前に共通して起きている現象。リーマン・ショック前も同じだったので、気付いた市場関係者の間では警戒感が高まっています。

アメリカの市場環境も『異常』になってきた。一般的には株価が上がっている時は金利が上がるものなのに、現在のアメリカは『低金利なのに株高』になっている。

これは現在の株高が景気拡大によるものではなく、世界からのマネー流入によりもたらされている証拠です。こういう時は、ほんの些細なことがきっかけで調整が起きやすい」


日本株も下落する

アメリカ株は実に8年間もの長期にわたって上昇を続けてきたが、ついにその「終わり」が近づいてきた。そして早ければ6月にも、そのファイナルが訪れる可能性が高まっているわけだ。

「株価暴落の最も大きなリスクは、トランプ大統領をめぐる政治的混乱でしょう。実際、トランプ大統領による司法妨害の疑惑が広がった5月17日には、米国で株価が急落したうえ、円高になり、日本株も急落した。今後もトランプ政権への政治的不安が台頭すると、株価が急落するでしょう。

最悪のシナリオは、トランプ大統領のスキャンダルが明らかになり、弾劾裁判の可能性が高まること。それだけで株価は暴落して為替は円高になり、日経平均株価も1000円くらい値下がりする可能性がある。

追い打ちをかけるように、トランプ大統領が国民の目を外に向けさせようとして北朝鮮への攻撃をしかければ、株価はさらに暴落する。日本株は1万7000円ほどまで急落し、為替は1ドル=100円程度まで円高が急伸するでしょう」(日本総研副理事長の湯元健治氏)

Photo by GettyImages

クレディ・スイス証券チーフエコノミストの白川浩道氏も言う。

「株式市場がもっとも大きく暴落するのは、金融システムの問題が勃発した時です。翻って現在の金融機関の状況を見ると、世界的に金利の低い状況が長く続いているので、銀行など金融機関の体力がジワジワと落ちている。

つまり、世界的に金融機関の体力が弱っているときにどこかで金融システムの問題がクローズアップされるようなことがあれば、株価は世界的に大暴落する可能性も出てくる。その時は、日経平均株価も1万円くらいまで下落する事態があるかもしれない」

株式相場には「セル・イン・メイ(5月に売れ)」なる格言があるが、これは5月に株価が下がるということを意味しているのではない。

「6月頃から下がり出すから5月のうちに売っておけ、という意味です。今年もそれが当てはまる確率が高まっているとも言える。ニューヨーク株はすでに最高値圏にある。多くの投資家は利益が出ているはずなので、ここが絶好の売り場となってもおかしくない」(前出・高野氏)

迫ってきた株価暴落の危機。逃げるなら、早いほうがよさそうだ。

「週刊現代」2017年6月17日号より


(転載終了)