小林です。
向上心のある人は、目標を立てて能力学習をするものです。例えば学校で勉強をするほかに、自己学習をしたり、外へ出て様々な種類のセミナーに参加したりと人はなにかを成し得たい時に目指す未来を求めます。

だが、こちらは「修業」にあたりまして、今日は「修行」についてお話したいと思います。


(以下 wikiより参考)

修行(しゅぎょう、異音:すぎょう)は、仏教における精神の鍛錬に関する用語の一つ。

財産名誉性欲といった人間的な欲望相対的幸福)から解放され、生きていること自体に満足感を得られる状態(絶対的幸福)を追求することを指す。

この仏教用語を元に、古代インド宗教における同質の行為や、他の宗教における精神鍛錬にも、固有の用語が無い場合にはこの語が用いられる(例:イスラーム修行)。 また一般的には、世俗的な習練、習い修めを表す語である「修業」と混同されて呼ばれることも少なくない。

⑵ 「修行」が、上述のとおり「宗教的な行」すなわち、本質的に「悟りを求めて実践すること」を指しているのに対し、「修業」は「世間的な学問や技芸などを習い修めること」や「職業的な生業(なりわい)を習得すること」を指す語であり、明確な違いがある。

(以上)



運命は性格で決まる。
その運命は修行で変えられる。



いわゆる修行はどんな種類が?


実に難しいものなので、かなり噛み砕いたものを記します。



まず、体に【修(しゅう、おさめる)】ものとして五行が潜在的に存在します。


《金》は、弁を磨く事、心に響く言葉が言える事、敬語をよく知る事等々。

《木》は、本性を見直す事を知る、己れを見つめ直す事を知る、善行を積む事を知る等々。

《水》は、涵養を知る事、道徳を知る事、本体修為を知る事等々。

《火》は、穏やかさを知る事、温和を知る事、親切さを知る事等々。

《土》は、器量を磨く事、寛大さを知る事、相手を認める事を知る等々。


【行(ぎょう、おこない)】、すなわち心身を知り目標を定める。行動を持って行為を現す。


親に孝行し、老人を敬う。
祖先を感謝し、他人を大切に。
善を知り、徳を積む。


善徳を所持する事は、品徳(品性)を磨かないとなりませんが、極めるのは本当に難しいです。ちょっとした心の隙に魔はやってきます。




あなたはどんな修行を積みますか?



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つづく